【秋田】救急搬送の時間が半減。脳外科医なしでの脳血栓回収も可能に(2/3)

北秋田市民病院 循環器内科診療部長 佐藤誠先生 に聞く◆Vol.2 (3回連載の2回目)

2022年8月26日 (金)配信m3.com地域版より

エムスリー株式会社様より出典・掲載了承済み記事 【取材・文=麦角社 渡辺悠樹】 

 救急外来をうまく機能させるため、一般外来の混雑などを解消してきた北秋田市民病院循環器内科診療部長の佐藤誠氏。同院だけでは治療できない疾患については近隣病院や関係機関などとの連携を強化することで改善を図ってきた。その後、さらに脳卒中救急の課題にも取り組み、2022年4月からは脳外科医なしでも脳血栓回収を実施できる体制を整備した。取り組みの経緯について佐藤氏に聞いた。(2022年7月18日インタビュー、計3回連載の2回目)1回目はこちら 

――北秋田地域の医療課題である循環器救急に関して、先生は院内だけではなく医療圏全体を意識した改善に取り組まれていますね。

 私は昔から県が公開する医療保健福祉計画に興味があり、県北部の医療計画や検証データなどを個人的にまとめていました。2022年現在は第7次医療計画に則って運用されていますが、私が当地に赴任する前は、県北部には再灌流治療のできる中核病院がなかったので、全ての患者さんを秋田市や弘前市、盛岡市に長距離搬送するという計画になっていました。

 もちろん、当地に施設がなければそういった計画にならざるを得ないのかもしれないですが、実際には専門医へのコンサルトに至らず適切な診断がなされていなかったり、重症で搬送リスクが高すぎるため転院に至らなかったりするケースもあり、近隣に再灌流施設がないことで急性期治療の質が確保されていませんでした。そういった適切とは言えない長距離搬送を前提とした医療計画については、私も論文や医師会の会合、SNSなどで、データを示しながら発信を続けてきました。

 その効果があったのか、あるいは脳卒中・循環器病対策基本法(2018年)が成立したからなのかはわかりませんが、県は大館市立総合病院に2021年度から3カ年計画で地域救命救急センターを設置し、そこに循環器救急を含めた重症者を搬送していく方針を示しました。救命救急センターの設置は、地元出身者である私としても一番望んでいた施設です。

 さらに、2021年から12誘導心電図伝送が当地の消防に導入されました。これは当院でのDTBT(Door-to-balloon time)の短縮だけではなく、近隣医療圏に転院搬送するケースでのDIDO(Door-in door-out time:救急外来滞在時間)の時間短縮をも目的としています。心電図伝送は心筋梗塞の患者さんの救命率にかなり寄与でき、それがすでに北秋田市消防と大館市消防に導入されました。さらに今後、能代市にも導入する話が出ています。これまで全く話題にも上っていなかった話で、それがかなりスピーディーに現実化しています。県北部の住民にとって、かなり期待のできる医療計画が進んでいくものと考えています。

 ――実際に、救急搬送の改善状況はいかがでしょうか。

循環器病対策基本法の施行や、新体制となった秋田大学医局への入局者増加に伴う近隣中核病院への派遣増といった追い風もあって、県北部における循環器救急の問題はかなり改善しています。以前は県北部には医師派遣もままならないような状況でしたが、現在は能代厚生医療センター、大館市立病院ともに4人体制となっていて、まったく桁違いの医療サービスとなっています。まさに医局のパワーといったところで、この4年間で、当初の目標としていた県北部における秋田市との格差の是正はかなり達成できたと認識しています。

 循環器救急の改善状況について、通年のデータ集計はこれからになりますが、心筋梗塞の発症から再灌流までの時間に関してはかなり良いデータが得られるとの実感があります。あくまで感覚的なところではありますが、以前は心筋梗塞を発症して当院や能代厚生医療センター、大館市立総合病院に搬送されると、院内で90~120分程度の滞在時間があり、そこから秋田大学、弘前大学への搬送に、さらに90~120分程度を要していたので、発症から再灌流まで4~5時間ほどかかっていたはずです。中には重症度が高すぎて搬送すらできなかったケースもありました。

 それが現在では、能代厚生医療センター、大館市立総合病院、当院でほぼ100%の患者さんに対応できるようになり、発症から再灌流まで2時間以内のケースが増えていると思われます。発症から再灌流までの時間短縮は、心筋梗塞の重症化予防に直で影響する因子なので、間違いなく治療成績は改善しているはずです。

――循環器以外の救急はいかがでしょうか。

 急ぐ懸案事項としては、重症外傷救急と脳卒中救急の改善です。重症外傷のほうは少し難しい課題です。各病院・各地域でストックしておける血液量は限られているので、輸血が必要なときは血液製剤を秋田市から運んでこなければなりません。当院で準備できる血液量はわずかしかなく、交通外傷や転落といった大きな事故で大量輸血が必要になっても救えないケースがあります。そこをなんとか解決できないかということで、例えばドクターヘリやドクターカーなどで迎えに来ていただくときには一緒に血液も持ってきてもらうといった仕組みを、秋田市内の先生方と相談をしながら構築しているところです。

 脳卒中救急に関してですが、脳外科医は循環器科医以上に医師が不足していて、特に血栓回収の手術治療ができる医師は、県内でまだ15人に満たない状況です。そのため、まずは患者数の多い秋田市、横手市、由利本荘市が優先的に人員補充され、県北部においては、当面は脳外科医による血栓回収ができる体制は難しそうです。いずれ後進が育つまでとの期待はあるものの、それまでの間、少ない件数とはいえ当地で発生する脳卒中の再灌流ができる体制をどうにかして作る必要があります。ただ、こちらに関しては、今のところ解決できそうな課題ではあります。

――解決できそうと言いますと。

 2021年1月から2月にかけて、私は脳神経の専門病院である広南病院(仙台市)へ脳血栓回収療法の実施医を取るべく研修を受けに行ってきました。

 2010年に脳血栓回収療法が保険診療となる前から、脳外科領域の血管内治療医についても、首都圏と比べると地方では術者の育成が進んでおらず、この血栓回収療法に関しても地域格差が進みそうだという懸念がありました。そこで、私自身が術者の資格を取ろうと考え、当時から頚動脈など心臓以外の治療も積極的に担当していました。その際、放射線科の先生や、近隣の脳血管治療センターの先生などに手術を習いに行っていたのですが、残念ながら日本脳神経血管内治療学会限定の資格になってしまい、脳血栓回収の術者のチャンスが私に回ってこなかったのです。

 ところが2020年に学会のルールが変わり、救急科専門医や内科専門医などにも実施医としての門戸が開かれることになったので、広南病院の松本康史先生に実施医を取らせてもらえるようお願いしました。学会としても、当地のような医療の地域格差には思うところがあったようで、快く受け入れていただけました。その後も近隣の脳外科専門医の先生方よりご指導をいただき、2022年4月からは当院でも循環器内科医と循環器カテーテルチームで脳血栓回収を行えるようになりました。適応症例・施行例は今のところまだありません。

 これはトライアルというか、例外的な位置づけです。脳外科専門医や脳血管内治療専門医のいる複数体制の中で救急医などが血栓回収を実施することはよくあるのですが、脳外科医が不在の病院で救急医が実施医として行ったという事例が全国にほぼなく、そういう意味では今回はチャレンジングなケースだと言えます。本来は経験豊富な脳外科医のいる施設に搬送して行う手術なのですが、当地域から血栓回収のできる施設に搬送するには、どの病院へも90~120分かかります。場合によっては血栓回収の時間スパンとしては適応外になることもあり、搬送して治療できたとしても寝たきりになってしまうという実態がありました。そういった特殊な地域だからこそ、脳外科医が不在でも実施を許容していただけたようです。遠隔地での非脳外科医による脳血栓回収療法ということで、他施設の専門医にも指導を仰ぎながら、適応を順守して質の高い治療を行い、地域格差の是正に関われればと思っています。(第3回へ続く)

冠動脈や末梢血管、頸動脈へのインターベンションを行う佐藤誠氏(写真手前)
冠動脈や末梢血管、頸動脈へのインターベンションを行う佐藤誠氏(写真手前)

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