JPCA東北支部集会 in 秋田―さてと、救っちゃいますか。

(順当にいけば)専攻医として最後となる今年の地方会は、救い救われる学会となりました。

演題発表

今年は、専攻医のミッションの1つ「研修期間中に計2回以上の学会発表」を果たすべく、発表に使うポスターを担いで乗り込みました。

上級医の先生方に夜間休日も添削を強いながら、職場の事務さんに前日夕方の居残りを強いながら、ギリギリで何とか完成させたポスター。開催地が地元だったからこそなせる業でした。

多大なるご支援に「救われ」、曲がりなりにも発表をやり遂げることができました。多謝。

↑当てにしていた印刷機でA0サイズ印刷ができず、A1サイズに4分割して印刷→ちぎっては貼りを繰り返して、どうにかそれらしくしました。

今回発表の題材とした症例は、比較的レアな疾患の患者さんでした。

入院当初は掴みどころがない症状や検査値ばかりで、診断名もつかない間にみるみる病状が悪くなったので途方に暮れました。

しかし、学生時代に勉強した知識を掘り起こして「もしかして」と病名を思いつき、多数の先生方も巻き込みながら何とか診断・治療しました。結果、元気に退院していただくところまで持って行けたのでした。

あれから1年経って振り返ると、私は確かにあの患者さんを「救った」んだなぁとしみじみ思います。


講演

大会中、ベテラン陣による数々のご講演がありました。

彼らは職種も勤務場所も様々ですが、お話の中で共通していた事は、

・これからの日本では、総人口と共に、使える医療資源(マンパワー含む)も減っていく。秋田県はそのような未来を20年くらい先取りしている。言い換えれば、タイミングの差こそあれ日本全体が将来的に同じような状況になる。

・そのような時代には、「治し支える医療」=「完治を目指す医療だけでなく、持病や治らない障害があってもその人らしく暮らせるようにサポートする医療」≒プライマリケアの需要がいっそう高まる。

つまり、我々が今している仕事はこれからの日本で正に求められている事なのです。

お先真っ暗が確定しているなら、ただ憂えていても仕方ありません。

華麗なる撤退戦ができるように、自分の職場を、街を、「救って」やろうかなという気持ちが沸き起こりました。

懇親会

ポスター発表を控えた状態での参加となった1日目の懇親会。

「なんとかなれーッ」と腹を括ってはいましたが、やはり一抹の気の重さはあるものです。
そんな中、同じテーブルの飯を囲みながら今年も語り合えた、初期研修時代の後輩たち。
もはやいつメンです。

月日を重ねてそれぞれライフステージの変化はあれど、昨年と同様に彼らに出会えたことは、前日まで準備でヘロヘロになっていた私にとって小さな「救い」になりました。

↑ビュッフェのみならず、参加者にご寄付頂いた種々の日本酒も呑み放題。後輩の先生からの「豊盃」も勿論飲みました。


こうしてあっという間に2日間が通り過ぎました。

日頃から、周りの先生方はじめスタッフの皆さんのご支援、そして患者さんやご家族の笑顔に、大いに助けられているのは言わずもがな。

私はそれらに十分応えられているだろうか、患者さんたちにとって真に救いとなれているだろうか。
ひいては、静かに大きな変化が巻き起こっているこの地域・国の医療にとって、少しでも助けになるような事ができているだろうか。
そうなっていたいし、ならなければと改めて思った学会でした。

――さてと、明日も救っちゃいますか。