在宅ケアという選択肢

 さまざまな理由で通院が難しい場合や長期間にわたる治療が必要な際に、日常生活を維持しながら治療を継続する選択肢の一つが日常生活の場である自宅で行うケアが在宅ケアです。より良い在宅療養のために、医療・看護・介護を含めた社会全体で連携する地域包括ケアの資源を上手に利用することが大切です。実際の在宅療養についてご紹介します。

 70歳代の女性で、いままで大きな病気を経験したことは無く、一人暮らしで元気に生活されていた方です。あるときから硬い食べ物を飲み込むときにつかえる感覚があり、徐々に症状がつよくなってきました。そのため病院を受診したところ、進行食道癌と診断されてしまいました。

食道は口から嚥下した物を胃に運ぶ臓器です。そこに食道癌という腫瘍ができて通り道を狭めてしまったため、飲み込んだ物がつかえていたと考えられます。
食事がのどを通らないため、胃に栄養剤を直接流し込む胃瘻(いろう)という管を腹壁に通す手術を受けました。入院が2ヶ月と長くなり足腰が弱って立てなくなってしまいましたが、ご本人に正確な病状を説明したところ「なるべく自宅で過ごしたい」という希望があり、在宅ケアの体制を整えて退院となり、訪問診療を開始しました。

退院時はベッドから立つのも難しい状態でしたが、息子さんの同居により生活が安定しました。徐々に足腰も丈夫になり、少しずつ身の回りのことを自立し、退院後一ヶ月が過ぎる頃には、息子さんのために食事を作れるほどになりました。ご自分は胃瘻からの栄養剤注入でしたが、朝夕の息子さんの食事を作ることで母親としての役割を得て、毎日充実した生活を送られていたようです。その頃には、訪問診療時にも和服を着て玄関まで出迎えてくれました。

しかし病状は徐々に進行しており、退院から4か月が過ぎた頃になると肺炎を繰り返すようになりました。自宅での肺炎治療に加えて酸素療法が必要となってからも訪問診療の時はいつも笑顔で迎えてくれましたが、徐々に体力が衰え、好きな桜を見ながら、彼女がとても大切にしていたご家族に囲まれて静かに自宅で息を引き取りました。

 病院は病気を治すところです。しかし、病気と上手につきあいながら自分らしい生活を維持していく時は、在宅ケアが選択肢の一つになります。在宅ケアでは、医療、看護、介護、福祉さまざまな職種で連携をとって皆さんの生活を支えます。在宅ケアに興味を持っていただければ幸いです。

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