私が思う総合診療の専門性

私が研修医だった20年前、総合診療という言葉は一般的ではありませんでした。当時は、一本軸となる専門臓器があればそれを支えに領域を広げられるから大学院に行って一つの臓器を極めた方が良い、と言われていた時代だったと思います。当時の私は循環器を選びましたが、不思議なご縁で、今は大学病院の総合診療部門で働いています。

ここで私は初めて総合診療専門医を志す若者たちと出会いました。初めは総合診療を専門にするというのが実はしっくりきていませんでした。「専ら」と「総合」が相いれないように感じたのです。

彼らと働き始めて少しすると、総合診療を専門にする、というのはプライマリケアを専門とするということだと思うようになりました。実際、世の中の患者の大多数は臓器別専門医でなくても診療可能な疾患で受診します。さらに患者が高齢になれば、コモンな疾患を複数合わせ持つことになります。総合診療専門医であれば、医師1人で1人の患者全体について質の高い医療の提供が可能になります。

さらに月日が経ってから、総合診療の専門性はこれだけではないことに気づきました。総合診療界隈では「患者中心の医療」というワードがしょっちゅう出てきます。これを聞くと、そりゃそうでしょ、どの科の医師だって基本的に患者さんのことを考えているよ、と言いたくなると思います。

でも、この患者中心というのは、ただ単に自分の善なる部分を動員して患者さんに向き合うという意味ではありません。もちろんそれも大事ではありますが、簡単に説明することができないようなボリュームをもって、患者中心の論理やそれを実現するための戦略・技術があるのです。一朝一夕にはいかない、習得に時間がかかる奥深いものです。総合診療を極めようとする人々は患者中心の医療についての理論を系統立てて学び、実践し評価し合うことで、卒後10年もすると30年以上も働いたような安定感を醸し出します。 

このように、臓器別診療科で専門スキルを深めるのと同じ労力をかけて、疾患だけではなく患者個人全体を診療し、なおかつ医師-患者間のみならず、地域の満足度も高めていけるよう修練を積み重ねる、それが総合診療専門医だということが分かってきました。まだまだ新しい領域ですが、総合診療専門医を目指す若者がさらに増えてくれるといいな、と思っています。