医学の目標

 GPNETメンバーの、秋田往診クリニック 市原利晃理事長 が在宅・往診医療についての経験やマインドを語ってくれます。

 「残された時間に限りがあります。」もし突然そう言われたら、残された時間をどのように過ごすでしょうか?
病気の診断結果によっては、これまでの生活が根底から変化してしまうかもしれません。医学を利用して発展している医療は、その状況に寄り添う必要があります。医学はたくさんの経験を積み重ねた科学であり、経験はとても大きな力です。その結果として、たくさんの病気を治せるようになりました。まだ十分に治療できない病気もありますが、いずれは解決していくでしょう。

 医学はこれまでの経験を踏まえた最強の治療を考えていくものであり、医療は生活になじませた最良の対策を立てていくもの、と言えるかもしれません。
最強の治療が最良とは限りません。治療を受ける患者さん個々の価値観がQOL(生活の質)の評価に影響するため、治療効果の評価やその後の選択肢も違ってきます。
抗がん剤の効果が期待できない末期癌と診断された場合、「治療による可能性への挑戦」と「穏やかな日常生活の維持」どちらの選択肢も大切です。
そして在宅ケア医療では、末期癌と診断された患者さんが「もうすぐ生まれる孫のために挑戦する」場合と「生まれたばかりの孫と一緒にいるために治療せず自宅での生活を維持する」場合、どちらも応援することができます。

 狭窄を伴う食道癌の患者さんが「今後の治療は希望しない」と水分摂取がやっとの状態で紹介されてきました。よくよくお話をうかがってみると、「入院でお孫さんに会えないのがつらい」ため治療を希望していなかったことがわかりました。
そこで在宅医療を利用しながらの中心静脈栄養法について改めて説明するとともに、その先の生活がどのように変化するかも具体的にお話し合いしたところ、お孫さんとの時間が確保されることをご理解いただき、日帰りでの中心静脈カテーテル留置を希望されました。高カロリー輸液開始後は、いつも自宅のベッドの上でお孫さんを抱いて喜んでおられました。
 このように生活に関わる在宅ケア医療は、患者さんの生活習慣や価値観に直接触れることができるため、共同意思決定(shared decision making:SDM)の実践に向かいやすいと感じています。

 医学では人類の利益に向かって、新しい治療や挑戦的な研究がすすめられています。長寿だけではなく天寿も大きな目標です。医者は目の前の患者さんのために存在しており、人生をより充実させるためにもっと役に立てるはずです。

SDM:サービスの利用者(患者)と提供者(医師)が、意思決定(治療方針の決定)に関して目標を共有し、ともに力を合わせて活動することです。

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